| しっちゃかめっちゃか志ん生 |
| 文:小島 貞二 |
| 引き分け〜ルーブル紙幣で粗悪品 |
| なめくじより、もう一つ大変なのは、蚊(か)との戦いである。笹塚から持って来たカヤは、名ばかりでつぎはぎだらけ。花色木綿から赤ん坊のおむつのお古まで張りついている。新しいのを買うゆとりなどとてもない。 |
| と、そんなところを見越したように、ある日かみさん1人のところへ、2人連れの男がカヤを売りに来た。 |
| 「品物ァ、ほらこの通り、麻の極上ですよ。店で買えばだまって20円から25円は取られるよ。6畳だから、お宅の座敷にピッタリだ。いますぐなら、10円にしときましょう」 |
| のどから手の出るほどほしいが、とても金がない。返事に困りながら、何気なく長火バチの引出しをあけると、なんとそこに10円札が折ったまんま入っている。 |
| しめたとばかり「じゃあ、本当に10円でいいんだね」と、そいつを渡すと、男たちはひったくるようにして風のように立ち去る。そこへひょっこり志ん生がご帰館という寸法である。 |
| 「どうしたい。えらいニコニコして」 |
| 「カヤ、買ったんだよ」 |
| 「ほう、そいつあ豪勢だ。で、いくらしたい?」 |
| 「10円だよ」 |
| 「10円? そんな大層なゼニがどこにあったんだ?」 |
| 「ほら、おまえさんが、火バチの引出しに、ヘソクッといたのがあったろう。見つけたんだよ」 |
| 「火バチの引出しの? ありゃーあおめえ…」思わず志ん生は吹き出した。その10円札というのは、日本銀行発行のものではなく、ルーブル紙幣である。子供のおもちゃに夜店で1銭5厘で買って来たヤツだ。 |
| 「今ごらあ、ヤッコさんたちおどろいていやがるだろうなあ…」と、そのカヤをほどいてみておどろいたのはこっちのほう。たたんだ一番上はたしかに本麻だが、下は切れ端ばかりで、てんでカヤになっていない。 |
| 「ちきしょうめ、ふてえ野郎だ…」と、思わず夫婦で顔を見合わせたが、考えてみると、この勝負は、引き分けということになる。 |