しっちゃかめっちゃか志ん生
文:小島 貞二
 
なめくじ長屋〜出るわ出るわ壁が銀色に
 
 業平というのが、有名な“なめくじ長屋”であることが、志ん生にわかったのは、引っ越してからである。
 
 まず引っ越して来たその晩、志ん生が寄席をつとめて帰って来て、まず驚いた。長屋に、ただ一軒ポツンと、ともっている電灯めがけて蚊や虫が押し寄せている。
 
 3日目に大雨が降って、雨もりの用心をしていると、そちらの方は大丈夫のかわりに、下のほうからドンドン水が上がってくる。5日目からなめくじが台所をはいはじめた。
 
 つまり、この一帯は関東大震災ですっかり焼け、池とも沼ともつかぬ場所が、ゴミ捨て場になった。そのまま置いては衛生上よくないので、上に土をバラバラとまいてバタバタと長屋をおっ建てた。排水など、いっこうに考えてないから人の住めるところではない。2〜3日住んだ人が、命あってのモノダネとすぐでていく。
 
 そこで家主は考えて、家賃をタダにしてカモをおびき寄せる。一軒住めば、あとは順に埋まるだろうという心づもりである。そのカモが、つまり志ん生であったのだ。
 
 蚊となめくじのほかにハエが出る、油虫が出る、ネズミが出る…。という、さわぎの中の虫の国の王者は、やはりなめくじである。志ん生自身の回想によると「出るの出ねえのなんて、そんななまやさしいものじゃありません。なにしろ家ン中の壁なんてえものは、なめくじがはったあとが銀色に光りかがやいている。今ならなんですよ、そっくりあの壁ェ切りとって、額ぶちに入れて、美術の展覧会へだせば、それこそ一等当選まちがいなしてえことになるだろうと思うくらい、きれいでしたよ」というくらい。時には仕立物をしているかみさんの足の裏まではって来た。塩なんぞふりかけてもびくともしない。毎朝、十能(じゅうのう)にしゃくっては近くのドブ川へ捨てに行くが、出てくる方が多いから、しまいには人間さまの方が、くたびれた。そんな長屋にも、だんだん人が…むろん家賃を払って住むようになった。