しっちゃかめっちゃか志ん生
文:小島 貞二
 
夜逃げ〜荷車に子供を乗せて
 
 昭和5年は志ん生40歳の時である。その秋-。浅草の橘館という寄席の楽屋へ、顔見知りのヨイショ(たいこ持ち)がやって来た。
 
 「ねえ、家賃のいらねえ家があるんだが、誰か借りる人ァいませんかね」と、声をかけた。
 
 「えッ、タダの家? そりゃいってえ、どこなんだい?」と、志ん生。
 
 「本所の業平ですよ。電車の停留所からなら遠かァない。いま入ってくれりゃァ、本当にタダだって家主がいってますよ」
 
 「半分かしいだ、化け物長屋じゃァねえのかい?」
 
 「冗談いっちゃァいけません、長屋にゃァ違いねえが、出来たてのホヤホヤですよ。ウソだと思ったら、案内してあげますから、見てらっしゃい」
 
 それではというので、ついて行くと、東武鉄道の業平橋駅の近くで、市電が通っていて業平橋という停留所がある。その大通りを南のほうへ入ったすぐ裏手だから、地の利は悪くない。そこに真新しい長屋が三十軒ばかり、肩をすぼめるようにならんでいる。家主は表通りの角の帽子屋で、「ほう、あなたははなし家さんですか。口あけにはちょうどいいや。本当に入って下さるんなら、家賃どころか敷金もよござんすよ。そのかわり長屋がいっぱいになるよう、せいぜい宣伝をお願いしますよ」と、向こうさんが乗り気である。こんな幸せが生涯に二度とあろうとは思えない。「じゃァお言葉に甘えて、あしたンでも引っ越して来ますから、お願いします」
 
 と、渡りに舟と引き受ける。すぐに笹塚へとんで帰る。笹塚ではもう家賃はおろか、酒屋、米屋、魚屋…いたるところに借りっ放しで、逃げ出すにはこのときをおいてほかにない。
 
 夜更けを待って荷車を借りて来る。荷物をつみ込む。荷物の上へ二女をのせる。前を志ん生が引っぱる。うしろを長男をおぶったかみさんが押す。長女は風呂敷包みの一つを持って、ついて歩く。早くいえば、“夜逃げ大作戦”を成功させたわけだ。