しっちゃかめっちゃか志ん生
文:小島 貞二
 
関東大震災(1) 〜酒くらい奥さん“落雷”
 
 結婚の2日目に、もう女郎買いに行く。3日目には花札をいじり家をあけるなんぞ、とてもいい亭主の資格はない。そんな具合だから、嫁入り道具に持って来たタンス、長持ち、琴、三味線から着物まで、だんだんだんだんと質屋へ運ばれて、ふた月ばかりで部屋はガランとして来た。
 
 これを見かねたのは、かみさんの父親である。「この際、一軒家に住んでごらんよ。家賃は高いかわりに、部屋を人に貸したっていい。第一、一軒家の主になれば、少しは責任を持つだろう」と、本郷の動坂の停留所の近くで、8畳に6畳、玄関もフロもついていて、しかも二階家という、夢の宮殿のようなところを借りてくれた。家賃の25円も目の玉が飛び出るほど。
 
 そこで、関東大震災に出っくわす。
 大正12年9月1日の午前11時58分45秒…ガラガラッと来て、裸電球が天井にぶつかってパチーンと割れ、タンスの上のものが全部落っこちた時、志ん生は奥の一間で、サルマタ一つで雑誌を読んでいた。
 
 浴衣と帯をわしづかみにして、表へ飛出した時、フッと脳裏をかすめたのは「ひょっとすると、東京中の酒が、地の中へ吸い込まれちまう」ということだったという。一目散にかけ出して「すみません。酒を売ってください」と、飛込んだのは近所の酒屋。酒屋も逃げ出すのに精一ぱいで、もう商売どころではない。「師匠、かまわねえから、そこで飲んでってください」と、声より早くもう飛出した。
 
 「しめた!」というので、志ん生は四斗ダルの一番いい酒を、マスでグイグイとあおり、ついでにもう一杯。一升五合は飲んだ計算になる。タナから一升ビンがころげ落ちて来たので、そいつを2本抱いて、はじけるように走り出る。あたり一面、逃げる人、人、人。
 
 足早に家まで戻ろうとするが、酒で足がよろめく。そのよろめきを大地がゆするというので、すっかり酔っぱらって「ただいまァ」と帰った時は、鼻歌まじりだった。かみさん一世一代の雷が落っこちたことはいうまでもない。