しっちゃかめっちゃか志ん生
文:小島 貞二
 
嫁さんが来た 〜仲間に誘われ家はあけっぱなし
 
 志ん生が結婚したのは馬きんで真打に昇進したあくる年だから、大正11年で32歳のとき。
 
 下谷の清水町の床屋の二階の六畳に住んでいるとき、近くの運送屋の主人が「どうだい、そろそろもらったら…」と高田馬場の下宿屋の娘で、7つ年下のりんという名のかわいい娘さんを世話してくれた。
 
 「こちらに異存はございません。しかし、あたしゃァ芸人だからといって、別に売れてるわけじゃァないし、着るもんだってありゃしません。そのかわりといっちゃァなんですが、飲む、打つ、買うの三拍子は人一倍やりますが、仕事のほうはなまけ者ときています。それが承知なら、どうぞ来ておくんなさい。」
 
 世話人もあきれて帰ったが、10日ほどたったある晩、家へもどるとちゃんとそこにかあちゃんが座って待っている。馬きんの高座をどこかの寄席で見て「おとなしそうな人だから“いいじゃないか”と向こうできめて、道具を持って嫁入りして来た」のである。むろん新婚旅行などありはしない。
 
 さて、あくる晩、仲間の一人が「おい、孝ちゃん、チョーマイに行かねえか」とさそいに来た。志ん生の本名は美濃部孝蔵だから“孝ちゃん”である。
 
 志ん生ポンと手を打って、嫁さんに向かって「ああ、チョーマイに行かなくっちゃならねえから、今夜ァ帰んねえよ。この商売は、仲間のつき合いが大事だからなァ。いくらか金おくれ」という。嫁さんは、財布からヘソクリを出して、ゲタをそろえて、三つ指ついて小銭を握らせ「行ってらっしゃいませ」と送り出してくれた。
 
 そのあくる晩になると、また別の仲間が「おう孝ちゃん、今夜はモートルだ」とやってくる。嫁さんは「行ってらっしゃいませ」と送り出す。
 
 “チョーマイ”というのは芸人の符丁で女郎買いのこと。“モートル”というのは、バクチのことである。嫁に来たばかりなので何も知らないりんさんは、チョーマイやモートルは、はなしか仲間の寄合いか、勉強会かなんかと信じていたのである。