| しっちゃかめっちゃか志ん生 |
| 文:小島 貞二 |
| ケンカ腰の抗議 〜酒でまるめこまれる |
| 今は落語家も全国的になったが、ラジオもテレビもない昔は、地方によってはまるでわからなかった。 |
| 「うんと田舎へ行くてえと、落語なんてものは、見たことも聞いたこともない人がいる。ハナシカをカモシカと間違えて、お百姓が鉄砲もってかけこんで来たなんてえ話もあるくらいであります」(志ん生)その時分…大正のごく初め、初代の三遊亭小円朝の一行が北海道へ行った。当時志ん生は朝太、先代金馬が歌当といって、2人ともまだ前座である。どこも客の入りが悪いので、小円朝を「円朝」ということにして室蘭へ乗り込んだ。 |
| 天下の円朝なら大入り満員疑いなしと思って初日を開けたが、さっぱり入らない。近所の演芸場に浪花節にまじって、三遊亭柳喬という名の落語家が出ており、これがえらい人気で、そちらの方に客をとられているのがわかったから、サァ本職連は面白くない。 |
| 「柳喬なんて名前は聞いたことがない。第一東京から三遊亭の宗家が来ているのに、あいさつにも来ないとは何事だ。一つ化けの皮をひんむいてやろう」と朝太、歌当の二人がすごい勢いで柳喬のところへどなり込んだ。 |
| 柳喬は驚き、あわてて2人を近くの飲み屋へ連れ込んで酒で買収しながら平あやまり。若い2人は酔っていい心持ちになり「お前さんほどのいい芸人が、北海道くんだりでくすぶってちゃもったいない。東京へおいでよ、いい師匠を世話するよ」あべこべに柳喬を激励する立場に変わってしまった。 |
| それから1年ほどして、朝太も歌当も忘れたころに、柳喬がひょっこり上京して来たので、歌当は責任上、時分の師匠の初代円歌のところへ入門させた。この時の柳喬というのが先代の円歌…「ボロタク」や「呼びだし電話」でおなじみのあの目の細い三遊亭円歌である。だから先代の金馬と円歌、それに志ん生は生涯を通じてよき友だちであった。 |
| ケンカ腰で抗議に来た男を、酒でまるめこむというのも処世術のテクニックの一つという一席。 |