データ・ベース約2万ポイント 東京と江戸の地名が同時に見える江戸情報満載のCD-ROM |
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徳川家の退場から130余年。近世最大の軍都・江戸は幻と消えて、都市構造そのものが忘れ去られようとしている。
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江戸の残照は、失われた楽園を懐かしむ善意の誤解に包まれたまま、細々と見え隠れするにすぎない。
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葛飾の草深い古刹も、明治造成の深川沖市街地も「江戸の風情を色濃く残す」観光名所に昇格した。
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どこからどこまでが江戸なのか、江戸人は町奉行ですら、文政元年(1818)に幕閣が御府内の境界を定めるまで、知ることがなかった。
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そもそも「江戸」という地名自体が俗称で、行政区画の公称ではない。武家地と寺社地は、町奉行支配場外だから町名がない。それでは不便だからと、近在の地名を借りてきて勝手に使っていた。明治になって、初めて郵便制度を確立した前島密のはりきり振りが眼に見えるようだ。
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この茫漠としてとらえどころのない巨大都市の輪郭をはっきり描き、目鼻をつけて後世に伝えたい、というのが私の願いで、江戸全域の地勢を精緻に復元する実測地図の制作に着手した。7年前、この作業が『復元・江戸情報地図5000分ノ1』として結実した(復元年次=安政3年・現代東京図を透視/朝日新聞社刊)。
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今回のCD-ROMは、地図帳では読みにくい地名の重なりを完全に解消した。さらに地域を拡げて朱引内全域を収載、検索データを大増補して書籍仕様のテータ・ブック(B5判288ページ)を付けた。資料の中核は伝存している「旧幕引継文書」各篇に依っており、古地図からは得られない詳細な江戸情報を満載することができたものと、少なからず自負している。江戸と東京の地名照合や、武家および寺社などの、独自のデータ・ベース作りに活用していただけたら幸いである。
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