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2005年9月30日〜10月6日

ライロフォン 明治44年頃発売
 円右は三代目の小さんについで,明治から大正にかけての当時としてはもっともレコード吹き込みの多い噺家である。人情噺や芝居噺を得意としていたが、噺の中で歌舞伎声色などを生かしていた。『掛取万歳』は、往時の面影を髣髴としのばせる貴重な音源である。(小島豊美)

本名

出身
活躍年代
出囃子
沢木勘次郎
万延元年6月15日〜大正13年11月2日
未詳
明治5年頃〜大正13年
改名と師匠 三遊亭橘六(明治5年頃.圓橘2)
三遊亭三橘(明治10年頃)
初代三遊亭圓右(明治15年)
二代目三遊亭圓朝(大正13年10月)

明治5年頃入門、明治16年真打。
  圓右は圓喬・小さんに並ぶ名人と云われ、子供の頃より目から鼻へ抜けるような利口もので、綽名を法沢“ほうたく”ともいわれた。法沢とは天一坊の幼名である。
師の圓朝没後、誰が二代目を継ぐかということで大いに論議されたが、結局この圓右に白羽の矢が立ち、大正13年4月11日、圓朝の27回忌の折に、当時圓朝の名跡を預かっていた三遊宗家・藤浦三周氏より正式に二代目襲名の許可がおりた。披露はその秋と決定し、早速その準備に取り掛かった。処がその夏、猛暑を避けた軽井沢の仮の宿で、たまたま引いた風邪がもとで肺炎を起こし、披露の為の用意万端すべて完了した大正13年11月2日、65歳を一期として、あの世へと旅立ってしまい、華やかなる二代目圓朝の看板をあげることは、ついにこの世では永遠の幻となってしまったのである。以降、圓朝の名を継ぐ噺家はいない。(都家歌六)



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