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2005年8月26日〜9月1日

ロイヤル 明治42年発売
 派手さこそないが、噛んで吐き出すような独特の唄い方をする渋い声の、非常に味のある音曲師で、大層目玉が奥へ引っ込んで居たらしく、高座でも「私の目玉は年々と引っ込んで参りまして、今に後ろの方へ出てしまいましょう。そうしたら神楽坂へ世帯をもちますよ。それ、うしろ目の神楽坂」などと言っていたそうである。この『やっかい節』の後で唄う『かにガサ』はその目玉の事を自ら唄ったもので、いわば三好自身のコマーシャル・ソングと言えよう。(都家歌六)

本名

出身
活躍年代
出囃子
中田宗太郎
嘉永7年9月〜大正末?
未詳
明治ヒトケタ?〜大正半ば?
改名と師匠 朝寝坊?小夢(明治初年?.圓三郎1)
橘家?小圓三(年代未詳)
三遊亭?圓三(明治19年頃?.圓生4)
三代目三遊亭圓好(明治22〜23年頃)
二代目橘家三好(明治34年)
立花家夢輔(明治45年)
柳家三好(大正2年.小さん3)

明治初年?入門。
  明治から大正時代へかけての音曲師。派手さこそないが、噛んで吐き出すような独特の渋い声の、非常に味のある唄い方をする人で、何時も名人四代目圓喬のヒザ(真打<トリ>の前に上がる色物のこと)を務めていたといわれる。渾名を“うしろめの三好”という。たいそう目玉が奥へ引っ込んでいたらしく、自分でも高座で「私の目玉は年々引っ込んで参りまして、今に後ろの方へ出てしまいましょう。そうしたら神楽坂へ所帯を持ちますよ。それ、うしろ目(牛込)の神楽坂」などといっていたそうである。
没年は不祥であるが、六代圓生談としては「たしか震災前まで生きていた」とあり、仮に震災の年の年齢としたら70歳位である。(都家歌六)



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