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2005年7月29日〜8月4日

ローヤル 明治42年発売
 名人円喬のレコードは、英国グラモフォン・独逸ベカ・米国コロムビア・ローヤル(日米商会)[日本コロムビアのご先祖で明治42年頃]等があり、二十種類ほど吹き込まれてはいるが、実物にお目にかかることはめったにない。此処では『魚売人』を取り上げた。(前作は『癖』を収録)円喬のレコードはすべてが明治時代の吹き込みであり、不格好なラッパの中に首を突っ込んで、僅かに2、3分間怒鳴り込むといった当時のお粗末極まる録音方法によるものばかりで、到底芸の本質が分かろう筈もない。円喬の場合でも、たとえ古い録音ながらも、あの枯れてしかも幅のある音声、さらに流れるが如き緩急自在の言葉のリズム、淡々としながらもハッキリとしたメリハリ、どれをとってもすべてに超一流の貫録と迫力がある。(都家歌六)

本名

出身
活躍年代
出囃子
柴田清五郎
慶応元年9月21日〜大正元年11月22日
江戸
明治5年〜大正元年
改名と師匠 朝太(明治5年.圓朝1)
二代目三遊亭圓好(明治11年)
四代目三遊亭?圓喬(明治18年)
四代目橘家圓喬(明治20年代?)

明治5年入門、明治20年?真打。
  圓朝と圓喬は、いまだに落語界ではその名称を継ぐ者が現れていない。それほどずば抜けた名人と称されたのが、この四代目圓喬であった。日本橋住吉町の玄冶店に住んでいたので、通称“住吉町さん”とか“玄冶店の師匠”などと呼ばれていた。師匠圓朝作の人情噺を得意とし、『牡丹灯籠』『累ヶ淵』『塩原多助』『安中草三』などものによっては師匠まさりとさえいわれた。
この圓喬の名人ぶりを伝える有名なエピソードがある。真夏のある寄席で、師匠圓朝ゆずりの『鰍沢』を演じていた時、雪の降っている描写で団扇を手に聞いていたお客が、思わず浴衣の襟を合わせたというのである。
しかし、この不世出の大名人も病には勝てず、大正元年11月16日、人形町末広の独演会を最後の高座として、6日後の22日、宿痾の肺病のため僅か48歳の若さでこの世を去った。東京目白にある雑司ヶ谷の法明寺の墓地で、同時代の名人三代目小さんと共に仲良く眠っている。(都家歌六)



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